7日目

6時20分起床。起きてすぐ荷物をまとめて外に出て、朝食後すぐにカフェで作業を開始できるようにした。結果、7時15分にはカフェの机に向かってドイツ語学習に取り組めた。目が覚めてからの動き出しを早くできるようになってきた。

今日も少ないながら進捗を生んだので、文献内容を残しておく。

【研究メモ】

 昨日の続き。

禁欲が含みこむ道徳性の問題

現在は、他人の人生に全面的に介入していく潮流があり、他人にたいして「何をすべきでないか」を言うことで生きている人、とやかくおせっかいを焼く人がいて、そうした存在は無視できないと述べている。

結果として何が生じるか。それは、「禁欲は「正しい」」というメッセージが罷り通るようになる、ということである。ここで著者はジョージ・W・ブッシュ政権時代の性教育プログラムへの予算の偏りを例に挙げている。

禁欲の研究も道徳の次元に依っているところがあり、著者は「しばしば道徳のレンズを通して、…ケースバイケースに様々な形式の禁欲を扱う」こととしている。

性に関する禁欲に限らず、アルコール、薬物、食事などは、長年にわたり続いている禁欲の「ホットな話題」であると著者は考える。これらの禁欲は身体に作用する。そして、そうした身体がそれぞれの自己の拠り所として役立つのだと、多くの人は考えている。「ある物質が負の関係をもつようになるときは、そのような”快楽”への欲求を制御することは、人が、自分が何者であるかについて肯定的な表明をできる1つの道になる」(11ページ)。

禁欲研究への大きく2通りのアプローチ
  1. 人はなぜ禁欲するのか
    この問いには、個人の伝記・手記を手がかりにして考える人もいれば、禁欲を強化する歴史的な偶然の出来事を考える人もいる。
    この問いによって明らかにすることは、
    ・自己浄化や社会改革のような、特定の目標に達するための装置としての禁欲
    ・禁欲(すること)が発揮する象徴的な機能
     (賞賛や軽蔑でもって、またはこの2つの混合した形でとらえられうる。)
  2. 人はどのように禁欲させられるのか
    禁欲のハウツーというテーマも、道徳性の問題を利用している。
    この問いによって明らかにすることは、
    ・何によって人が禁欲することに成功しているのか
    現代の更生[回復](recovery)プログラムも、古代のキリスト僧カッシアヌスのモデルに共鳴するところがある。ポイントは、(カッシアヌスの禁欲システムと同様)禁欲実践者はrecoveryの目標に向かって進んでいくわけだが、決して完全に目標に達することはないということである(recoveringではあってもrecoveredとはならない)。それでも、禁欲志望者のためのハウツーを、これらのモデルははっきりと描いている。何かをやめることを主題とする文献では、禁欲することで自分自身からも、隅で潜伏している依存からも救われるのだと約束されている。

(メモここまで)

 

【日記(20/10/07)】

午後~夜までは実習とゼミがあるので、自分の研究等が直接進むことはあまりない。

実習はようやく調子が掴めてきたかもしれない。メンバーとのコミュニケーションを出来るだけ密にとっていくことが今後特に重要だろう。

 

夕食後は、個別指導準備のために東大現代文を解いた。過去問には何度もあたっていたはずなのに、情けない話、適切な解答を書ききれていないように思う。読解というよりは日本語の問題というべき間違いが散見された。論文作成にも活きてくると思うので、丁寧に向き合いたい。

 

また、今日から独検2級対策問題集に入った。これまでの問題や参考書がいわゆる基礎レベルだったのだとよくわかるような難易度の上がり方だった。

耳の訓練はもちろん続けていくが、単語面での不足が浮き彫りになったように感じる。

「今までの学習で一度でも触れたことのある単語を正確に覚えているか」「一度出た単語の別の用法をおさえているか」など、見直していきたい。

 

明日は3限しかないが、午前中に散髪に行ったり、個別指導の準備や調査実習のタスクがあったりと、決してすべての時間を研究やドイツ語学習に自由に費やせるわけではない。朝から集中力を高く維持して過ごしたい。